茨城県の立原氏を趣味で研究しております。
プロフィール
HN:
爲清
性別:
男性
職業:
型枠工務店の会社員
趣味:
先祖調査、親戚探し、立原氏の文献探し
自己紹介:
趣味で立原氏の歴史、家紋の研究を行っております。
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最近ハマっているのはグーグルのaiに立原研究の相談や質問をすることです。
正直舐めてました。こんなに頼りになるとは思いませんでした。
そもそも私は歴史の知識は皆無に等しい無学スタートの先祖調査でした。最初は自分のルーツのみを探る調査でしたが、次第に自家だけ知ろうとしても大した事は分からないことに気付き、立原姓の方々にお尋ねするようになりました。
もちろん最初は親、次に親戚、佐竹氏旧領内の立原家、江戸氏旧領内の立原家、久保田藩の立原家、鹿島氏旧領内の立原家、立原姓を変えた家、等々。その家の事を知るためにその地域の歴史を調べ、伝承を伺い、図書館や歴史館や墓地へ足を運び、家紋を追求しました。
気がつけば木を見て森を見ずの大切さが身にしみましたし、一家系のみ追いかけているつもりが日本史全体を知る必要性に気付かされました。
さて、前置きが長くなりましたがそこでai様のご登場です。
私のような中途半端研究者が人生をかけても知り得ない情報量をaiは既に知っています。とはいっても家伝や系図などはaiの世界には無いので、そこで私が持っている超マニアックな立原ネタと、グーグルが誇る最強の情報量が融合し、新しい答えが沢山見えてきました。
もちろんプライバシーに関わる事も多々ございますのでブログにはある程度しか載せられません。そして何よりあくまでも機械と私程度の人間の推論ですので、妄想の域は出ません。
それでも画像にも載せました通り、ちょっとした立原家創成期の事を当時の日本や常陸国の状況から割り出す答えは信憑性も有り、本当に面白いものです。
やはり鹿島氏は郡司であり兵力や城の規模もなかなかなものだと承知しておりますが、立原家はその庶子であり小領主だということが分かりますね。
ちなみに70貫の根拠は立原村立原宗家の家伝であり、戦国末期や江戸時代の検知から計算しても70貫は妥当とのこと。aiスゲー。
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